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こんな写真を撮っています

2017年6月12日 (月)

間に合った

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 昨日は、のんびり遊んでたら出張の電車に遅れそうになり、走って改札内へ。なんとか間に合いました。
 そういえば、キハ52を出してるときに駅にきたのは、久しぶりだなあ。あの中でのんびり本読んだりとか、したいなあなんて思うのだけれど、なかなか。

 それにしても、出かけるときにこのレンガ車庫の「モノリス」を眺め、戻ってきて「ああ、帰ってきたな」と思う。ちゃんと「記憶の構成要素」に、育っているなと思います。

 おはようございます。

2016年12月17日 (土)

細い屋根にも雪は降るのだ

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 かつては建物だったけれども、今は「モノリス」になってしまった糸魚川駅の赤れんが車庫。でも、昨日最終列車で帰ってきた家人を迎えに行くと、上の部分にほっそりと、でもしっかり雪が積もっていました。ヤツは、きっとまだまだ屋根のつもりなんだろうなあ。なんだか、心強いぞ。

 レンガ車庫といえば、保存活動をしていた頃は毎年のようにコンサートを中で開いていたのだけれど、2008年に出演していただいたサキソフォンプレイヤー、彦坂眞一郎さんのお名前を、先週末に小出で行われた新潟県アンサンブルコンテストの審査員の中に見つけて、ひさしぶりにやりとりさせていただきました。なんだか、懐かしかったなあ。
 今は、上野学園大学の教授もされているそうで、今年の夏のオープンキャンバスには、日常のレッスンの公開授業だけでなく、多くの人向けの基礎講座をされたそうで、その動画をよかったら中学校の子に教えてあげて下さいと紹介いただきました。
 https://www.youtube.com/watch?v=v9mGKI75Bx4

 そして、今日は夕方18:00オープン、18:30スタートで、おなじく何度も赤レンガ車庫のコンサートに出て頂いた Squall のみなさんのこの季節恒例のクリスマスライブ。なんだか、時期は多少前後しても、ここ数年、かならず雪のある日のコンサートになっている気がします。
 こちらも、ぜひビーチホールまがたままで、お運びください。

 そんなわけで、そろそろ夕暮れ。
 みなさん、おいしい夕ゴハンを。

2016年11月 6日 (日)

ぽぽぽぽ~ん

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 赤レンガネットワークの年に一度の大会で、愛知県の半田というまちにいってきました。いつものことながらどこかへいくと、朝はうろうろカメラ片手に散歩するのだけれど、そうなると僕のみかけはけっこう不審者めいているので「あやしくないですよ」のアピールも兼ねて、会う人会う人に「おはようございます」と声をかけることにしています。

 でも、だいたい帰ってくる歩留まりというのは50%くらい。お年寄りの男性からは、帰ってこないことのほうが多い。まじまじと「アンタ、わたしと知り合いだったっけ」と言われたこともあります。いや、たぶん初対面で、二度と会うこともないと思います(笑)。

 で、今朝の半田散歩では、この挨拶往復成立率が100%。オジサンもオバサンも、じいちゃんもおばあさまも、全部挨拶のやりとりができました。時間がはやかったので若い子とは遭遇しなかったけど、きっとこういうやりとりがあるまちって、オトナがみんなそこいらの子のことを「じぶんたちの子」的な感覚で見守ってるんだろうなあ。それが息苦しい面もあるのが田舎町ではあるのだけれど、でも、それが安心の根っこになってたりもする。先日新聞の投書でみかけて驚いた「知らないひとと話をしないように学校でも言っているのでマンションで住民同士の挨拶をしないことにしてほしい」という呼びかけのまちよりは、きっとコドモの安全は、こっちのほうが守られると、思うんだけどなあ。

 さて、そんなわけで、半田赤レンガ建物を、「通学路の向こう」に撮ってみました。古くからある、昨年ようやく整備公開された文化財。でも、この建物は生活圏の中、日々の暮らしのすぐトナリにあって、しかも整備の仕方が「観光に来て下さい」100%ではなく、地元の人同士が集えるように、使いやすいようにという「ひとを集めるいごこちのいい場所であり戦略基地である」という意識で生まれ変わらせたという感じがしました。
 そして、その中での告知はとても広域。じぶんのまちのことだけではなく、ご近所あちこちの催しをまとめてPRしている。たとえば、糸魚川のバル街の企てをしているひとがあちこちの県内・県外のバル街をひとつのシリーズイベントのようにお互いPRしあってくれているように。こんなふうに、いきたいなとおもったらふと出かけていける距離感のところの情報をもっと垣根なくいっしょくたに取り扱ってみなさんにお知らせできるようになると、いいのになあ。

 いろいろヒントをたくさんいただいた二日間でした。
 じゃ、明日からもがんばろう。

 というわけで、みなさん、おいしい夕ご飯と日曜日のおわりのサザエさんを(笑)。

2016年11月 2日 (水)

あらためてれんがしゃこ

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 今週末は、赤れんがネットワークの年に一度の大会。今年は、愛知県の半田市で開催されます。
 開催地は、どこもレンガで作られた古いなにかがあり、それを保存し、これからも使って自分たちのまちを「!」なまちであり続けさせたいと願うひとたちの場所。今年は、半田赤レンガ建物( http://handa-akarenga.jp/ )を残したひとたちのまちです。
 半田は、地元の大学生とも協業して、古い建物をまちのシンボルのひとつとしてとてもうまく活用しているんだそうです。去年の舞鶴の大会でも、やってきた半田のジィさんと若い子たちがとても楽しそうに自分のまちの「!」なところを自慢し、「この先どうしようか」という話をしているのは、見ていてとても眩しい風景でした。古いものを古いひとたちだけが躍起になって残すのではなく、昔からあったそのまちの風景が、ちっちゃい子からおじいさんおばあさんまでみんなのやりとりの起点になる。それが、素晴らしいな、と。

 赤れんがネットワークの大会は、糸魚川でも2009年に開催。全国いろんなところのひとたちが集まり、この三連アーチがこの形で残ることに力を貸してくれました。
 また、週末にはいろんなところのひとたちに、パワーをもらいにいかなきゃ。

 というわけで、糸魚川の美味しい日本酒と地王を手土産にお伺いするときに持って行く「糸魚川はこんなまちですよ」というリーフレットのために、今朝あらためてアルプス口の写真を撮りに行ってきました。ヒスイも「日本の石」になったことだし、またいい出会いができるといいな、と。楽しみにしています。

 では、みなさんたのしい午後を。

2016年6月26日 (日)

てみやげ

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 今日も、家人のひっこしでこれから長野へ。
 転居はするけれど転勤するわけではないので、お別れは家の近くの方だけなのだけれど、ご挨拶にお菓子を持っていったりします。

 長野と新潟って、となりあわせなんだなあ。そんなことを思うパッケージ。それが「大糸ぽっぽ」なのです。

 そんなこんなで、おはようございます。

2016年3月22日 (火)

一年経つ

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 昨日、出張から戻る途中の大宮駅は北海道新幹線開通直前のいろんな催し物でいっぱい。僕は牧家(ぼっか)の風船に入ったプリンを買ってきたのだけれど、金森赤レンガ倉庫関連のお菓子もいっぱい並んでいました。そういえば、金森の倉庫群は、赤煉瓦ネットワークの番付にも入ってたなあとふと思ったり。
 そして、戻ってきたら新幹線改札の中には、ご近所幼稚園の子たちの新幹線の絵がたくさん。
 一年、経ったんですねえ。

 この一年、たぶん20回にちょっと欠けるくらい往復してるんじゃないかと思うのだけれど、なんだか越後湯沢まわりで上京していたのがものすごく昔のような気がします。向こうで朝イチから動くことができたり、昨日みたいに帰ってきてコドモと一緒に夕方水芭蕉を見に行ったり、時間にすると30分程度の短縮なのだけれど、ずいぶんと近くなった感じ。
 そして、今「何分くらい短縮なんだっけ?」と思ってWeb上で去年3月までのダイヤを探そうと思ったら、ほとんどそういう情報はないということにも気付いて、あらためてどんどんかわっていくものなのだなあと実感したワタクシなのでした。

 さてさて、そんなこんなで、お彼岸をはさんで今週も今日からスタート。
 おはようございます。

2015年12月22日 (火)

キハ52

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 先日「JR東海が国鉄時代に製造した気動車(ディーゼル車)をすべて引退させることになった。これはJR各社で初」というニュースが流れてきました。
 http://trafficnews.jp/post/47068/

 考えてみれば、れんが車庫の保存のお手伝いをさせてもらうまでは「キハ」(気動車の普通車)なんて知らなかったし、それほど懐かしい車両が大糸線を走っているなんてことも知らなかった。先週末にひさしぶりに糸魚川にやってきたずいぶん年上の写真友達が「(大糸線を走っていたキハ52を)千葉まで追いかけて行ってきたよ」なんて教えてくれて、あらためて「ああ、糸魚川を走っていたんだなあ」なんてことをいまさらながらに思ったり。

 今、ジオパルではイベント告知ボードの下にちっちゃなNゲージコースが置いてあって、そこにキハ52が走っています。こちらのキハ52も、ぜひ見つけてやってください。

 おはようございます。

2015年11月16日 (月)

時刻表

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 もう一日、舞鶴話におつきあいください。
 今回、車で移動したのだけれど、若狭湾の高速道路ができたこともあって以前通った時より遙かに近くなったなあという実感がある一方「やっぱり遠いなあ」という思いもあったのは、以前通った時より間違いなくトシを取っているからなのかも。

 亡くなった村山常雄さんの労作、シベリア抑留で亡くなられた方の名簿の収集と精査の仕事をWeb ( http://yokuryu.huu.cc )に公開するお手伝いをすこしだけさせて頂いたこともあって、引揚記念館は行ってみたい場所でした。
 写真、いいですよと言われて撮らせてもらったもののひとつに、引き揚げ列車の時刻表があります。これは、昭和24年のものなのだけれど、舞鶴から全国津々浦々へとつながる時刻表の中には「糸魚川」の文字もありました。
 舞鶴を14:18に出て、翌日11:38着。体調が万全じゃない中、すし詰めの列車での一泊は、キツかっただろうなあと思う。
 歴史の中の出来事というのは、なにかリアルに感じられるものとつながると、急に現実感が増します。
 おなじ日本海沿い。ちょうど「舞鶴カニ」の解禁直後で、観光バスが着くようなところはどこでも干物とか海鮮丼とか蟹だとかを楽しむひとたちばかり。なんだか妙に共通点がいくつもあるような海沿いの街であるだけになおのこと、こういう資料を見たり、岸壁に海上自衛隊の艦船が普通に何隻も接岸していたりというところがリアルな手触りで感じられるわけで。

 なにもない日々というのは、とてもうれしいことなのだなと思う。あたりまえの日々って、ちゃんと維持するための努力をしなきゃいかんのだとも思う。そのための「やり方」はひとそれぞれ違うかもしれないけれど。

2015年10月17日 (土)

見送り・出迎え

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 東京への日帰り出張。実は新幹線前と所要時間はそう大きくかわるわけではないのだけれど、「帰りが早いな」という実感があります。上越新幹線のときには、越後湯沢までは本数があったのだけれどその先のはくたかに制約があって、遅くなることはなかなかできなかったし、一本外すと「ヤバい」という感覚があった。それが、今は乗ってしまえばとりあえず着くので、「終電までになんとか」でなんとかなるので、気分的には大きな違いがあります。
 昨日の日帰り。朝れんが車庫に挨拶して出かけ、戻ってきてからまた眺めて帰ります。このすぐ脇に駐車場があるのは、いいな。
 来月舞鶴で開催される「赤煉瓦ネットワーク」の大会でまた、この車庫の保存活動をしていたときに定期的に出していた「れんがしゃこ」というペーパーの号外版をつくろうかななんてことを考えているので、時々ここのところ撮るようにしています。秋の青空の下だとまた、絵になるのだよね。

 そんなこんなで、今日も秋晴れのソラ。気持ちいいなあ。
 おはようございます。

2015年9月25日 (金)

手元に置く思い出

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 さっき、髙野寫眞舘さんから赤煉瓦の写真が送られてきました。
 https://www.facebook.com/photo.php?fbid=829120863868147&set=pcb.829122580534642&type=3&theater
 これは、糸魚川駅のアルプス口の大きな目印になっている赤煉瓦の三連アーチが、かつて「赤レンガ車庫」として駅の南側にあった頃の煉瓦の一部。活用のために保存された部材のうち、今の新駅に使われなかったものをこのまま朽ちさせてしまうよりは、大切にしてくれるひとのところにもらわれていってほしいということで、10/3-4の街なかコレクションのとき、旧髙野寫眞舘の「街なかレトロギャラリー」でシリアルナンバーを入れて100個販売するとのことでした。

 僕は、赤レンガ車庫のことは「記憶遺産」だったと思っています。当時は駅の現役の施設だったのだから、駅で働くひとたち以外にとっては縁もゆかりもない建物。ただただ「そこにある」ことを視界の端っこで無意識に感じていただけ。

 でも、たとえば故郷を離れたひとがときどき戻ってきた時、駅に降り立って「ああ、帰ってきたなあ」と感じる要素のひとつでは、きっとあった。通りかかるといつもあって、あってもなんのトクにもならないけれど、ないとなんだか妙な喪失感がある。そんな存在がまちの中にはいくつもいくつもあって、そういったものの積み重ねが「ぼくのまち」という実感を作り出しているのだと思う。

 すべての古いものを残しておくわけにはいかない以上、そういった存在の中にはなくなってしまうもの、壊してしまうものも当然出てきます。そんな時、それでも自分の中の思い出と「それ」を、細い糸ででもつないでおくことができるなら。

 たぶん、この煉瓦はコレクションとしての(金銭的)価値は出ないものだと思う。それだけに、あそこにあれがあったことを今でも思い出のひとつのかけらとして大切にしてくれているひとのところで、大切にしてもらえるといいなと思うのです。

 そんなわけで、10/3-4の街なかコレクション。おでかけの際はぜひ、街なかレトロギャラリーものぞいてやってください。
 http://adclique.com/machisg/archives/3020
 (館内では「紅梅文庫展」もやってます)。

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