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こんな写真を撮っています

2017年6月25日 (日)

霧雨の中

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 というか、途中からはかなり酷い降りの中、妙高でのコドモのサッカーの大会にいってきました。昨日は暑いくらいだったのに、二日間で激変のコンディション。でも、いろんなことが経験できて、眺めている親としては楽しかったです。

 夏日を越えるような日でも、夕方になると妙に肌寒くなったり、その翌日霧雨で震えるような陽気になったり。そういえば、7月終わりにフジロックにいっていた頃には、苗場でこういう思いを何度もしたなあ。そんな、20年近くも前のことをふと思い出したり。

 さて、週末も終わり。また、あたらしい週がはじまります。
 というわけで、みなさん、ちょっとはやいですが、おやすみなさい。

2013年3月19日 (火)

おつかれさまでした

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 三日間通った富山でのサーバー作業。おおむね一段落ついて「富山ブラック」を平らげ、ひとつ打ち合わせをして戻ってきたら、その建物のロビーのテレビにひとが群がっていました。
 画面はちょうど、WBC準決勝の8回の攻撃。タイムリーを打った井端がセカンドベース上に、そのあと続いた内川もファーストベース上に。そして、打席には四番阿部という一番盛り上がるとき。おもわず足を止めて見始めたら、一つの走塁ミスからあっというまに高揚感はしぼみ、チャンスが潰えてしまいました。

 あらためて思ったのは、チームプレイというのは難しいものなのだなということ。

 重盗狙いとはいえ、いくらサインプレーでも必ず死ぬときに行くわけにはいかない。ここで、二人の走者がお互いの動きをよく知っている走者だったら(たとえば井端と荒木のような)、片方が止まって片方が走るなんてことはなかっただろうし、そういう二人が塁上にいるのでなければ、ベンチも重盗のサインなんて、出せない。
 一人一人はスーパープレイヤーでも、短期間だけ招集されてお互いの癖や考え方などをきっちりわかりあっているわけではないメンバー。そして、そういうものを熟知しているわけではないベンチ。こういう場面では、本当の意味でのチームプレーとしてのスーパープレイは難しいということなのだろうな、と。あれで、内川の前にいる二塁走者がたとえば本多や松田だったらまたちがった形になったのかもしれないし、あらためてチームスポーツというのは、チームで機能するだけの時間をかけなければ真価を発揮するのは難しいのだなということを実感しました。

 チームで動くということの難しさ。身近なところでも、いろいろ考えてみなきゃ。

 というわけで、昨日までは背番号6番で、明日あたりからはいつもの3番に戻る、本当に頑張った「ウチの」井端に敬意を表して、ベテランのテトラの写真を。彼に限らず、みんながんばったと思います。お疲れさまでした。

2012年10月11日 (木)

気の重い日

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 小学校にあがってから、高校を卒業するまでの12年間。おそらく一番嫌いな日は、マラソン大会の日だったのではないかと思う。とにかく、どうやってサボってやろうか、そればかり考えていたのだけれど、結局ちゃんと12回走ることになりました。もっとも、傍目から見ると「それ、歩いているんじゃないの?」って感じだったのかもしれないけれど(笑)。

 そんなわけで、今朝はコドモが通う小学校でマラソン大会。足がちょっと不自由なおじいちゃんも、腰掛けてにこにこしながら応援中。今の子は、こんなにたくさんの大人たちに応援してもらって、マラソン大会をやるんですねぇ。なんだか、うらやましい。

2011年7月11日 (月)

アルビレックスBCが

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 また、今年も美山球場にやってきてくれました。
 今年は、信濃とのゲーム。
 いきなり一回裏の先頭打者ホームランからはじまったゲームは、四番青木の2本塁打を含む猛打賞で楽勝ペースかと思いきや、後半はけっこうしんどい展開となって、4対3の辛勝。でも、そのかわりにクローザー高津臣吾を見ることもできました。

 球場についたのが一回裏が始まる頃だったので、オープニングセレモニーを見ることはできなかったのだけれど、入り口でもらった案内には、おそらく生まれてはじめて見る「新潟県民歌」の歌詞。この歌も流れたんでしょうか。長野の人は「信濃の国」を誰でも歌えるけど、新潟県民でこの歌を知ってる人は、ほとんどいないんだろうなぁ。

 新潟日報社さんは、新聞リテラシーのイベントを併催していて、新聞をスクラップしてメモする体験コーナーがあったり、試合終了直後に号外をつくって配ったり。なにかがあったときに駅前で配られる号外も、糸魚川ではまず見ることがないので、コドモたちにはいい経験だったかもしれません。

 というわけで、途中でお帰りになったT先生、見たいといわれていた高津、しっかり投げてセーブつきましたよ(笑)。

2010年9月13日 (月)

レルヒさん

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 どこか「ツルモク独身寮」の、放心状態モードのときのキャラクターたちを思わせる、スキーのキャンペーンキャラクター、レルヒさん。

 この、夜中に遭遇したら泣いちゃいそうなヤツ、日本スキー伝来の地、金谷山がある上越市周辺のキャラクターなのかと思っていたら、新潟県全体のスキーPRキャラクターなんですね。

 というわけで、出張中、乗り換えの越後湯沢駅で発見して、思わず撮ってしまいました。こんなに日々暑いので、あんまり実感わかないけど、あと4ヶ月もしたら、スキーシーズンなんですよねぇ。

2009年10月 5日 (月)

明日で終わりなんですねぇ

Pa050709 開催中のトキめき新潟国体の夏大会も、明日でおしまい。
 競技の少ない糸魚川では、それほどは話題にのぼらなかったりするけれど、先週あたりは、ジャスコのフードコートが空いている日曜日・・・なんてのがあるくらい、お隣上越では盛り上がっているようです。

 で、ウチの子がいそいそと描いて持ってきたのが、これ。学校では、国体のこと、いろいろ話に出るのだろうなぁ。楽しそうだと思うこと、そして、みんなで成功させたいっていう気持ち。なんだか、斜に構えることの多い40代オヤジにとっては、ちょっと反省してしまう一枚なのでした。こういう、素直な気持ちを持ってそだっているっていうのは、うれしいなぁ。

2008年9月19日 (金)

開幕

Img_0055 来年開催される、トキめき新潟国体。

 糸魚川は上越とともに、ソフトボールの開催地なのですが、そのリハーサル大会がいよいよ開幕しました。

 写真は、太陽誘電vsトヨタ自動車のゲーム。

 じっくり見たいけど、残念ながら、仕事なのです。

2008年6月18日 (水)

カクテルライト

Img_9085 自転車での帰り道、糸魚川小学校の横を通ると、まばゆいばかりのカクテルライト。ちょうど、サッカーの練習中でした。

 僕らが小学校の頃には、日没後も照明の下でスポーツなんて、考えられなかったし、それだけに「ナイター」への強いあこがれもあったように思う。

 なんだか、うらやましいような、「やがて出会えるかもしれない『特別』」のはずのものがちいさいうちから普通に叶えられて、かえってもったいないような・・・。

 そうはいっても、僕らの頃よりはずっと「いそがしい」はずの小学生。夜、こういった環境があるのは、やっぱり幸せなことなのだと思うのです。

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2007年11月24日 (土)

水しぶき

Img_5609 どこの激流かとおもうこの光景、実は、今日の昼間の姫川でのもの。姫七発電所の放水路に一人ずつ順番に挑んでは練習する一人乗りカヤックの人たちの集団なのでした。

 確かに、発電所の放水路なら、いつでも急流。でも、ちょっとそこからはずれれば流れはおだやかになる、近くで順番をのんびり待って、よこからすっと入っていけば、かなり激しい状態で楽しめる。ナンバーを見ると、関東方面から集団で来ていたようで、そう考えると、手頃な川幅、放水路からの豊富で激しい流れの水量、そこから少し離れるとそれほど流れがきつくない川、路上駐車が問題のない堤防道路があることなどといった条件がそろっている川って、あまりないのかもしれない。おそらく、彼らにとっては、「穴場」なんだろうなぁとも思う。

 でも、僕は仕事の関係で、ここに放水している発電所の中の、大量の水の濁流を見せていただいたこともあるし、小さい頃から「サイレンが鳴ると、発電所がダムの水を放流するから、川からすぐ離れるんだよ」とも、口すっぱく言われてきたこともあって、正直言ってなんだかヒヤヒヤして仕方ありませんでした。

 自然を愛すると言う人たちの中には、間違いなく、自然が自分たちにほほえむことは好きでも、実際のところ、そういったものが自分たちに向ける刃に対しては驚くほどに無警戒な人たちもいる。安全だと思っている放水路の流量が突然増えることも、水のなかに人のコブシよりももっと大きな石(岩?)がまじって流れてくることも、ありえないわけではないのに。それに、今日は午前中は天気がよかったけれど、一方で、上流の長野県側の天気の具合によっては、妙に川が増水するケースもある。晴れた日の姫川河口付近は、すっかり干上がったような河原にこの放水路からの水だけが流れていて、一見「人為的に完全にコントロールされていて楽ちん」そうな川にみえることもあるのだけれど。

 「えせ自然派」みたいな人に対しての苦手意識が強い僕の、考えすぎなのかもしれないけれどしれないですけどね。

2007年10月 7日 (日)

ホームゲーム

Img_4345 昨日、10/6に僕は、明治神宮野球場にいました。この日は、東京ヤクルトvs中日の最終戦。そして、古田敦也選手兼任監督の、ラス前の試合。この翌日が、本拠地神宮での最後の試合になる。そんな夜です。

 僕は、三塁側の内野スタンドに陣取り、古田の相手チーム(つまり、中日)の応援をしながら、いろんなことを思い出していました。彼は、ある意味「日本シリーズ」を守ってくれた立役者でもあります。

 近鉄とオリックスが合併して、一つの球団になる。あわよくば、もう一つの合併もやって、10球団での一リーグ制にして、縮小気味のマーケットでの顧客の争奪戦争を緩和する。ビジネスモデルとしては、その考え方は、正しいかもしれない。けれど、そのビジネスを支える、「ファンがなぜ、そのチームを好きなのか」という部分への視点がない。

 ファンは、単にハイレベルのプレイが見られることだけに執着しているわけではありません。小さいときに最初に買った野球帽がそこだから。最初に見たゲームがそのチームだから。野球を教えてくれた近所のオヤジがそこのファンだったから。その他数多くの、人にとってはどうでもいい些細な、しかしその人によってはかなり大切な思い出があり、その積み重ねで「僕は○○のファンだ」と言うことになる。阪神があれだけ弱い時期を過ごしてもファンが離れなかった。でも、誰も弱い、下手な選手のヘボなゲーム(だけ)が好きなんてことは、おそらくない。その人の中での長い間の積み重ねが、多少の弱さヘボさとは無縁の気持ちになっている。

 そういう、ひとりひとりの思い(もしかしたら、「思いこみ」や「錯覚」かもしれないくらいの)の積み重ねが、結果として、そのチームの付加価値を高めている。だとすれば、そういうファンの思い(込み)を無視したら、結果として、チームの付加価値、たとえば「そのチームのことに対して、いくらならお金を払える」という金銭的なメリットさえも小さくしてしまうかもしれない。そういうリスクに対して、プロ野球の経営陣はあまり危機感を持っていなかった。

 そして、プレイヤーも、ファンも、そういう思い入れのことを、きちんとわかっていた。ただ、それをきちんとした動きにするためには、古田という旗が必要だったのだと思う。だからこそ、彼には、おつかれさまと言いたい。本当に、感謝したいのです。

 でも、思うのです。

 「ぼくのまち」だって、近所の複数のまちを目の前にいくつも並べて、「すべてのしがらみがなかったら、どれ選ぶ?」って問われたら、もしかしたら選ばないかもしれない、他にくらべて魅力やメリットに欠けるまちなのかもしれない。けれど、僕はこのまちのことが大好きだし、他へ行くことはよほどのことがなければないと思う。それは、生活のこともあるけれど、一番大きいのは、いままで積み重ねてきた、この町への思いなんだろうな、と。その思いはおそらくは、他の人には理解が得られにくい、ある種の「幻想」なのだと思う。好きなプロ野球チームへの思いと同じように。

 ならば、同じように、そういった「幻想」を、きちんとした付加価値なのだと認識して、減らさないように育てていくというのは、地域の魅力のために、案外と大切なことではないかとも思うのです。忘れられない風景は、案外と取るに足らない風景なのかもしれない。でも、そういったものが、幻想を補強して、結果として、目に見えない付加価値を作り出している。そして、その付加価値は、案外とあらためては得ることが難しいものなのかもしれないのですから。

 写真は、彼の最後のホームインシーン。後ろの席にいた、不本意ながら3塁側に座っていたスワローズファンの人の「この写真欲しいです」のリクエストにお答えして、今日は「ぼくのまち」の写真ではない一枚を。うまくここを見つけてくれるといいんですが。

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