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2020年10月13日 (火)

久しぶりに眺める

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 今年は、赤煉瓦ネットワークの全国大会もCOVID-19絡みで延期。
 そんなこともあってかなかなかまじまじと糸魚川駅のれんが車庫を眺めることも減ってきてしまいました。

 いつもは青海駅に迎えに行くコドモを前後の仕事の都合で糸魚川駅でピックアップした今日は、アルプス口のロータリーがけっこう混んでいたこともあって30分無料の駅駐車場に車を入れ、ひさしぶりに三連アーチの写真を撮ったりしていました。
 いつもとちがう場所に止めているのでコドモが自分をみつけられず、右往左往していたのは気の毒だったけれど、高校生のカバンは本でめちゃくちゃ重たいから、わりぃ(笑)。

 いろいろあって、コイツが残ってくれて、結果として北陸新幹線沿線でも有数の、とても印象的な駅になった糸魚川駅。
 残して貰って、よかったなあ。ほんとそう思います。

 今日もおつかれさまでした。

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鉄道」カテゴリの記事

コメント

ホームから遠くに見えるレンガの駅舎を覚えています
できるなら完全な姿で残してほしかったですが…

 確かに、全部きれいに残ったらよかったなあと思う一方、保存活動でいろんなひとに声をかけていたときの感じを思い返すと「よくこれだけでも残ったな」と思ったりもします。
 いつも出入りする施設とちがって、視界には入ってくるのだけれど、実際に入れない場所というのは、なかなかはっきりと意識する愛着がわかないのだろうな、と。視界の端っこにはいつもはいっているわけだから、なくなったときに「ああ、ない」というほのかな喪失感は、まちがいなくあるのだけれど。

 残らなかったのは、ありていに言ってしまえば「残したい」と思う人が少なかったということ。
 これはこれで「糸魚川の選択」だったのだとも思います。

完全な形で残っていれば、金沢駅の鼓門とまではいかなくても糸魚川の名所になってたかと思うととても残念です。

 今の形でも、北陸新幹線のほかの各駅のことを思えばかなり印象的なモノリスだなとは思います。
 まるごと残すことが出来れば・・・なんですが、それは「残したい」と思う人よりも「残すためのコストが無駄」と考えるひとが多かったということ。「残すべきだ」と言うよりも「残したい」という共感を広げる方がずっとこういったものの保存活動には大切なのだろうな、と。そんなことを今となっては思います。

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