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2020年6月 7日 (日)

時々自画像

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 非常に見苦しい体型をしていることもあり、自画像を晒すことはいつも避けているのですが、今日はCOVID19のいろいろが始まって以来、はじめてのコドモのサッカー交流試合ということで、会場の窓に映った自分の写真も、あわせて撮ってしまいました。

 いろいろとクリアすべき問題がたくさんある中、試合を企画して頂いた頸北リベルタFCのみなさん、本当にありがとうございました。

 んで。

 あらためて試合に参加する中で、あらためて COVID19 というのは、リスクであると同時に、(存在するリスクとは別の意味での)大きな不安要素なのだなということを実感しました。保護者の方の業種により、 COVID19 の「怖がり方」「怖がるポイント」は様々です。感染防止のための手法も、いろんな疑似科学や「あれをやっているなら、こっちに気をつけても無駄」みたいなことも多々あり、Aという手法を信頼しているひとにとって、Bを採用するひととは相容れない、ある種の「神学論争」が出てくるケースもあります。
 ただの「好き好き」であればいいのだけれど、結局の所「自分が信じる安全」にかかわる問題であるだけに、よりデリケートな問題になってしまう。これは、難しいな、と。

 正直なところ、これからは「COVID19がある世界でどう当たり前の暮らしを見つけ出していくか」のフェーズに入っているのだと思います。「一時的なことだから」と「我慢」しているのではなく「これが普通」と感じていくべき折り合いをつけた「普通」を見つけ出していく必要がある。だとすれば、こういう「自分が信じる安全」のすりあわせという、けっこうハードルの高いコトを、いろんな分野でやっていかなきゃいかんのだろうなあ、と。

 正直なところ「一番厳しいところにあわせる」のは、リスクをとらなくていい分ラクなのだけれど、それで生きていけるかといえば、おそらくとてつもなくいろいろな分野のことを諦めなきゃいけない。だから、これは「どんなタイプのリスクを、どれくらいまでとることを許容できるか」という話しになるはずです。

 キツいすりあわせが、きっと待っているのだろうなあ。世の中のほんとうにあちらこちらで。
 そんなことも思った、交流戦でした。

 でも、楽しかったのですよ。それを忘れないでいたいと思うのです。

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