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年末年始も仕事はありますが、いちおう「出勤」するのは、12/29で一段落。
会社にもどってみると既に前日仕事納めはおわっており、大掃除の跡が。
今年は、個人的には「消費税10%」の直撃を受けずに済んだものの、同僚はかなり大変だったみたい。そして、Windows2008Serverサポート切れの直撃はしっかり食らっており、停止させられなかったサーバの最後の最後の対応をこの年末年始もやることになっています。
まあ、おいしい日本酒は楽しまないとね。
んで。
写真は、家人が見つけてきた市内のわさび屋さんの本わさびをつかった粉末わさび。水を足すととても「生わさびらしい」わさびになるんだそうです。明日試してみようかな。
そんなこんなで、おやすみなさい。
クリスマスイブの夜、帰りにスーパーに寄ったらお惣菜のコーナーではまだ鶏の足だのオードブルだのいつもより大きなパックが並んでいてクリスマスの名残を残しているものの、かまぼこや伊達巻き、卵焼きのコーナーが既にでっかくできあがっていて「はええなあ」とびっくりしたのを思い出します。あれからほんの数日なのに、もうすっかりまちは年越しモード。おそらく今日仕事納めの方も多いはず。
なんとなく、まだまだ片付いていないことが多く、今年はWindows 2008 ServerやWindows7撲滅の土壇場のひと頑張りが年末年始にあることもあって全然年越し感のないワタクシのネジを巻くため、旧倉又茶舗で年越ししたら開催されるかるた会の準備で眠っているまゆ玉の写真を載せてみたりします。
ウチも明日餅つきして、まゆ玉飾りだな。
そんなこんなで、おはようございます。
結局、雪は降らず。夜更け過ぎに雪にも変わらず(笑)。
南からのゲストは帰る日に。学校に送っていったあとの話しによると、ちょこっとみぞれっぽいのが降ったとき、みんなが窓にはりついて「wow!」とやっていたそうで、それだけでも見られてよかったなあと話しをしていました。
写真は、少しでも現実感のある「雪」をということで「ウチの前が去年の冬はこうなったよ」の写真。こんなのとか、春の桜とか、名所ではなく、ちゃんと出歩いた場所の風景を寄せ書き帖の中に貼ってもっていってもらいました。
先月末、久しぶりのフルートLiveをされた某Mさんが、伴奏の音咲人美さんのことをしきりに話題にして寂しがっているのが、突然「なんとなくわかる!」気持ちになってしまいました。わずか数日一緒にいただけですが「娘がひとりいなくなっちゃう」みたいなさみしさ、確かにあるものね。
そんなこんなで、メリークリスマス!。
浜田省吾の「インディアンサマー」という曲を中学校の頃聞いて、はじめて「ああ、こういう青空をそう呼ぶこともあるんだ」なんて思ったりしたのはもう遠い昔。日陰だと寒いけれど、ひなたに出ると陽の当たっているほうだけぽかぽかしていて、妙にあたたかい一日でした。
仕事でお伺いした先では、駐車場を掃除されている方と世間話。そろそろ落ち葉が大変だった時期は終わったなあとのことで、土の上ならともかく、アスファルトの上に落ちた葉っぱが土に還ることもない中きれいになっているのは、きれいにしてくれるひとがいるからなんだなあ、とあらためて思ったり。
今の季節になると、実を狙ってやってきた小鳥が殻や小枝を落としていくのだそうで、片付けるものもそちらにシフトしてきているんだそうです。
さて、「雪が見たい」と熱望してやってきた南の方からのゲストが帰るのは明日。
ほとんど望み薄の雪は降るか。
生活する上では降らないに越したことはないのだけれど、やっぱり「らしい冬」にならないと、年越しもクリスマスも、もりあがらないものねえ。
そんなこんなで、おやすみなさい。
コドモが先日の海外交流でお世話になった学校の子たちが、今度は新潟に来てくれています。
そんなわけでウチへのゲストの子と一緒に Japanese "soba" noodle を食べに泉家さんに。
まず卵焼きを頼んでメニューを眺めていたら、英語のメニューも出てきました。これならいろいろ見て選べるものね。
糸魚川の "Inbound" も、いろんな配慮が増えてきているんだなあ。
囲炉裏のよこで、天ぷらとか、蕎麦とか、はたまた「板わさ」とか。
ゲストは未成年だからもちろん "Sake (jumai-ginjo, pure rice,special brew)”はナシですが(笑)。
なんだか、こういうの、楽しいですねえ。
きらら青海のアトリウムの100円が戻って来るコインロッカーは、ビンゴ一列達成(笑)。
もちろん、ちゃんと直すか新しいものに入れ換えるかして、全部つかえるのがいちばんいいことなんですよ。それはまちがいない。
ただ、いろんなところで予算が乏しくなってきて、なんでもかんでもきちんとすることができなくなっていくこれからの時代に「ちゃんとしていること」を強く求めすぎたら、おそらくこれは撤去されてしまうと思うのです。
往々にして、今の「世の中をよくしたいと強く主張するひとたち」はこの罠に落ちていて、「やるべきいいコトをやらないのはやらないヤツが悪い(バカ、利権...)」と言ってしまう。でも、やりたいこと、やるべきいいコトを全部やるだけのお金が財布の中になければ、その範囲でなんとか取捨選択があるのはあたりまえ。「いいことだからやれ」は「いいことなのにやらないのはおかしい」につながる。いくつもの自分にとっての「いいこと」をどう優先順位を上にしてもらうべく仲間を増やしたり、いい説得をするか。そういう考え方がないと、なかなか難しいことはたくさんあるんだろうな。そんなことを、濱田さん亡きあとの土よう子ども会のクリスマス会の途中、ハンドベルの出番を待ちながら考えていた、昨日のワタクシなのです。
そんなこんなで、おやすみなさい。
昨日は、東の低い空にそれはそれは赤く、ぼおっとした満月。
考えてみれば、12月にちゃんと満月が見られるってのも、なかなか稀有なこと。いつもはやくオープンするシャルマン火打スキー場のオープンが延期になったそうで、やっぱり冬のスタートの遅い「暖冬」なのだなあとあらためて思います。
そして、今朝はぽかぽかとあたたかい陽気。いつも12月には「ちょっと寒いかな」と思う土よう子ども会のクリスマス会も、無事あたたかく終えることができました。ただ、そのあたりから天気急変。午後からは冷たい芯を伴った雨。一転して冬の様相になってきました。
まあ、そりゃ冬だものね。そういえば、最近クマが出たという「安心メール」も来なくなったし(笑)。
そんなこんなで、午後からもあたたかくしてお過ごしください。
週末の出張作業を終えて、昨日はすこしはやめに戻ってきました。
なんだかんだいっても、大量のデータを扱う仕事をするときはそれなりに緊張します。機械は差し替えられるけれど、お客さんのデータはなくなると戻ってこないので。そんなにリスクの高い作業をしているわけではなくても、動いているものを止めたり、入れ換えたりってのは、なにかが起きることもあるので、移動中の神社がいろいろ気になったのも、そんな理由なのかもしれません(笑)。
そんなこんなで戻ってきて、ちょっとジオパルの中の古い列車の中で座っていました。
なんだか、おちつくよね。長いことココに座って旅行となると、腰が痛くなるかもしれないけれど。
トキ鉄さんでの、親子でワンボックス占有して直江津~妙高~直江津~市振~直江津をゆっくり走る「夜行列車体験」ツアーはほとんど瞬間的に完売だったそうです。夜遅く列車に乗り、朝はやく駅につく(戻って来る)のって、鉄な子にはすごい非日常だろうなあ。
そんなこんなで、今日もあたたかい快晴の朝です。
おはようございます。
夕暮れ時、水平線の向こうの能登半島が、ほのかに水平線の上に浮いていました。
ほんのすこしの白い空白。これって、蜃気楼なのかなあ。
先週とはうってかわってあたたかい夕暮れ時。歩く人も多くて、ソラもとてもきれいで、わずか二泊の出張でも「かえってきたなあ」と思います。
周りを見回して、自分がどこにいるかとか、あっちがどの方向なのだとか、そういうことがピンと来ない場所にいるのは、面白くもあるんだけれど、けっこう疲れるんだな、と。それだけに、特別な風景でもなんでもない、見慣れた町並みの大切さというのは「ああ、ここが僕の Home なのだ」と感じられる安心装置としての大切さなのだよなと、赤煉瓦車庫の保存活動のときに何十回何百回と人に話したことを、あらためて思い出したりもするのです。
田舎というのは、人間関係は濃厚ではありますが物理的な「密度」は低いもの。たくさんのひとが集まってくれば、「境界」の場所も充分取ることができないし、いろいろ面倒なことも出てくるのだろうな。そして、そういったコトの典型例のひとつが、都内を歩いているときの神社の形、なのです。
この写真の祠は、柵で囲まれ施錠されています。ほとんど金属に簀巻きにされてる感じ。
場所柄、ゴミを投げ込んだり悪戯をするひとがたくさんいるのだろうなとは思います。カラスに荒らされるからの「供物お断り」でもあるのだろうし。この風景、「わたしたちの神様を酷い目に遭わせないようにまもる」ものでもあり、逆に「人の都合で神様の場所をどんな形にしてもいい」という不敬なものにも見える。
実際問題として、地べたがとても高いところで、潰さないでちゃんと残してあること自体が、「氏神様」「おらが地区の神様」への大いなる愛着であり敬意であることはわかります。ウチの近所にも、こんな賽銭箱の神社があるし。
だけど、これって目の前の小さな問題をなんとかツブしていったら、結果として本末転倒になったという典型例なのではないのかな。そんなことを思うワタクシなのです。
集中は効率がいい。でも高効率はうまくまわらないときのリスクも大きい。
みんな田舎にもどっておいでよ。
糸魚川の地酒をいろんなひとに呑んでもらうべく、ほそぼそと活動している「糸魚川 五醸の会」。
なぜか、役員なるものを拝命しておりまして、時々ミーティングしています。いつもはちゃんと「会議」なんですが、今月は忘年会を兼ねてということで、メンバーのひとり、春よしさんで会議のあと懇親会。ワイングラスで楽しむ大吟からはじまり、5つの蔵のお酒とゴハンをひとつずつあわせながら進む会でした。
ほろほろの角煮には、根知男山の山廃純米をぬる燗であわせて…というのがこの日のトピック。
みんな、にこにこしながらいろんなアイディアを出していましたよ。これが来年につながるといいなあ。
・・・という風景を、ウーロン茶のみながら眺めて参加していた、故あってノンアルコールで参加だったワタクシ。
若い頃は「オレ、呑んでも呑まなくてもたのしいから」なんて言ってたのだけれど、最近はみんな呑んでるところでひとり呑んでないと、置いていかれ感がものすごい。これもまた、トシを取るってことなんでしょうか(笑)。
それでは、明日からの作業に備えて、これから関東方面に移動します。
みなさん、のんびりしたお休みを。
肘折温泉では一晩で70cm以上も降ったらしい昨晩の寒波。
ウチのあたりでも黒姫は雲の中。そして、すぐ近くの里山にも雪がやってきました。
姫7発電所がある山は、東側の「側面」は真っ白。北側の「前面」はほのかな雪で、まるで横からだけスプレーでも吹きつけたような雰囲気。平地は、早朝に一部シャーベット状の雪がある場所もあったものの、全体的にはほとんど降っていない感じで「だいぶ近づいてきたけど、まだあと一歩」な感じの寒波でした。
次はいつ来るのかな。そろそろ来るよな。
今年は、あたたかい国の子が年末にホームステイに来るかもしれないので、その頃までにはちょっとは雪があるといいのになあなんてことも考えています。
さて、そろそろお昼。みなさん、美味しいお昼ゴハンを。
今日まで3週連続で「スマホで映像を編集してYoutubeにあげる」という比較的お年が上の方向けの講座の講師をやっていました。
スマホをめぐっては、若い人は「自分でどんどんいろんなことをやっちゃう。でも案外危ないコトもやっちゃう」のが悩みの種な一方、お年の方たちは「やることができればいろいろ用途が広がりそうだけどやり方がわからない」方が多い。つまり、社会的スキルとITスキルのバランスのミスマッチの方向が、若い子とお年の方では逆転しているわけです。
そんなわけでこちらでは「スマホで撮ってきた短い動画をいくつもつないで、字幕をいれたりナレーションを入れたりして、それをYoutubeに載っける」手順の体験。タイトルつけたり、公開方法をかえてみたり…。これがきっかけになって、地域のおもしろい「発信」があると、いいなあ。
さて。
写真は、その講座のはしっこのお茶コーナー。担当職員の方が毎回、お茶やお菓子を準備してくれていて、ゆっくりゆったりと進めていきましょうというお膳立てをしてくれました。お茶を飲むとコップとか包み紙とかゴミも出るのでゴミ袋が用意されているのだけれど、担当のMさんは毎回律儀にプラの袋は「プラ」と書くだけでなく、リサイクルマークっぽい矢印も入れてくれていました。
表示も、メッセージも、伝わってナンボ。ならば、ちょっとの手間でもうすこし伝わるように。そんなお茶目な工夫があるということは、とってもいいことだなと思うのです。動画を作るのも「何かを伝えるため」の手段。ある意味、この「プラ」とも、つながっているんじゃないかなあ、と。
そんなこんなで、あたふたしながらの3回シリーズ。3日とも荒天の夜でしたが、受講されたみなさん、どうもありがとうございました。
僕が絵本読みをやっていることを、古くからの知り合いは大抵驚きます。
どちらかというと子ども嫌いで、小さい頃は絵本とはまったく無縁で、いわゆる「古典の名作」的なものは未だにほとんど読んでいません。
「小さい頃、いっぱい本を読んで貰ってぼくはよかった」という経験を持っていない僕がどうして絵本読みを楽しむようになったのか。それは、この少々強引な方の引きのおかげなのです。
学校が週休二日になり、まだまだ親世代はほとんど土曜日が仕事だった頃、いろいろな子どもをめぐる悲しい事件に心を痛めて、せめて一ヶ月に一度でもと「土よう子ども会」をムリヤリたちあげた濱田早苗さん。一見遠慮のカタマリのような方なのだけれど、「このひとになにかさせよう」というときの粘り腰はものすごく、結局巻き込まれてしまう。その、静かなダンプカーのような働きかけに多くの人が地域で子どもと絵本を読んだりあそんだりする企てに「まきこまれた」のではないかと思います。
地域でこういう活動をしていると、「地域文化人」的に「狭い範囲でのこのスジのボス」を目指してしまう方はたくさんいます。でも、濱田さんは、「勢力拡大」にも「他から褒めて貰うこと」にもまったく興味なく、ただただ「うちの地域でやりたいこと」をがっしがっしとやってこられた。僕が「地域文化人になるのって、イヤだなあ」と思うきっかけは、おそらく濱田さんとの遭遇ではないかとも思うのです。
12月の土よう子ども会は、クリスマス会。
今日は濱田さんのお通夜なのだけれど、今日の昼間もクリスマス会のハンドベル演奏の練習の予定があったとのことで、本当にほんとうに突然の訃報に、ただただうろたえています。
写真は、2014/5/11の「絵本と友だち なかよしフェスタ」最後の濱田さんの挨拶のときのもの。
ほんとうに、おつかれさまでした。
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