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2019年8月 2日 (金)

学校田のありがたさ

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 ものの本で学べることは、たくさんあります。ネットでググれば、いままで想像もしなかったようなことにも遭遇できる。でも、一方で匂いや、チクチクした手触りや、そういったものは現物にしかない。

 だから「情報」と「体験」は、どっちも大事。

 ウチの子の小学校には「学校田」なるものがあります。
 夏休みの間にそこにいって、稲の束をつかんで、何本になっているか数えたり、根本のあたりをつまんでどうなっているか(すこし固くなっていると、そこに幼穂ができていたりするのです)、高さに巻き尺あててはかったり、根本やあぜの雑草を抜いたりと、いろいろ観察してくるようにというのが、宿題のひとつ。

 確かに、まわりはあっちもこっちも田んぼ。実例はたくさんあります。
 でも、育てているのは、作物。なにもわからないコドモが勝手にひっつかんだり、なにか抜いたりしていいなんてことはありません。
 この日も、学校田とあぜ一つ隔てたとなりの田んぼでは、ずいぶん出来に差がついていました。もとより「ここまでは4本植え、ここからは2本植え」とか、いろいろ実験している田んぼ。それも含めて「プロの人が育てるとなぜちがうのか」にも、興味を持ってくれたりすると、いいなあ。

 そして、コドモが「自分たちの田んぼ」として、掴んだり、数えたりしていい田んぼがあるということは、ありがたいなあと、そんなことを思ったワタクシなのです。

 まだ暑くなる前の朝・・・のはずなのだけれど、けっこうもう暑いスナップ。
 おはようございます。

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