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2019年2月21日 (木)

セットポジション

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 ウチの「ありがとうのたね」の朝顔も、何度かの雪に遭ってだんだんとツルだけになってきました。今日の写真は数少ないのこったヤツのもの。どこか、セットポジションから投球モーションにはいったばかり、右足をあげる左投げ投手みたいじゃありません?(笑)。

 さて。

 昨日は、日本高野連が新潟の高野連が今年の春の大会で試行導入することにしていた大会で1試合あたり投手が投げられる球数を制限するルールについて再考するように求めたというニュースが伝えられていました。
 この件、話しが最初に出たときとちがい、昨日はけっこうあちこちで伝えられていたのですが、THE PAGEの論考記事をご紹介。
 『高野連が新潟独自の球数制限実施に“待った”の賛否』
 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190221-00010000-wordleafs-base
 そりゃあ、こういうことをやる県とやらない県が出るのは不公平感はあるだろうし、1試合100 球制限をしても連投すればかえってわるいなど「それがいちばんいい負荷を下げる手なのか」という問題もある。そもそも「投手ひとりしかいないチームに不公平」なんて声があるのも、わかる。

 でも、問題が出ている現状をかえるための「試行」を、全国大会(しかも他の競技よりもはるかに伝統的な重みもあっていろんな思いが交錯する「甲子園」)につながらない春の大会で行うことさえも止めるというのは、「全部の準備が終わり、意見統一が終わるまでは一歩も動けない」ということ。
 新潟の動きは「もう待てない」情況だからこそ出てきたわけで、それはそのまま「中央がきちんと、現実的な期間で答えを出すことは、期待できない」、つまり「待ったが答えはもたらされなかった」という思いがあるからこそ。

 こういう動きを止めていると、変化はいつまでたってももたらされないし、問題はいつまでも温存されてしまうわけです。

 もちろん、中央の側が保身だけのためにこんなことを言っているとは思っていません。拙速にそうしてしまうことでの弊害もある。野球というスポーツを好きで、野球の美学にこだわるからこその話しだということでもあるのは重々承知の上で、それでもなお、ここまでの大きな意見呈示でようやく「じゃ、4月から有識者委員会つくるか」というアクションは、組織としての危機感が相当足りないんじゃないか。そう思うのです。

 ぜひ新潟県の高野連には、春の大会で球数制限をやってもらって、その結果どういういいことと悪いことがあって、今後の試合に導入するためにはどんなルール改善が必要なのか、そういう話しをやってほしいと思います。

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