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2018年8月21日 (火)

15歳の体育祭

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 毎年、近くなるとすごく力の入ったポスターが貼られるご近所の学校の体育祭や運動会、文化祭のポスター。今年のご近所中学校の体育祭のポスターは、なかなか脱力するような絵で「へー」と思っちゃいました。ある意味、なかなか攻めてるじゃん(笑)。

 さて。

 さっき、高校野球の決勝戦が終わりました。職場でも、まわりのひとがネットでの速報を見ながら一喜一憂。でも、僕は思う。「壊れてもいいから、オレが行きたい」という10代の子の心意気に乗っかって、ものすごく致命的な故障につながるかもしれないプレイをやっているのをみんなが「地域の夢をのせて」「感動をありがとう」とやってるのは、ものすごくいびつで病的なことなんじゃないかと。

 日本中の人が注目する。凄いことだけれど、これ、高校の子たちの部活の全国大会なんだよね。体調を損ないそうなとてつもない暑さの日には中断したり、怪我しないほうが不思議な負荷をかけないように配慮したり、そういうことをみんなが「オトナが子どもを守る」なかで考えて大会運営されて当たり前。テレビの前の観客を「!」させるより大切なことがあるはずなのに、その「!」のために後回しになっているものは、間違いなく「子どもたちが大きくなるときに尊重すべきもの」つまり、安全であるということなのではないかと。

 そういう意味では、こういうのほほんとしたポスターとともに、親や家族と地域の人だけに見守られた体育祭というのは、とっても「学校的」で、健全だなと、このなんとも脱力するポスターをみながら思うワタクシなのです。

 おなじ年で、たとえば国を背負って国際大会に出て行く子たちもいて、その子たちは故障をいとわない強い負荷のスポーツに対峙していることを思えば、なおのこと。

 今年の夏の高校野球に関わった子どもたちとそのまわりのひとたちすべてに、「ほんとにほんとにおつかれさま」。僕の気持ちは、それに尽きるのです。

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