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2018年6月17日 (日)

部落

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 昨日、田海地区の公民支館でやっている子ども将棋をのぞいてきました。
 学校の将棋クラブはなかなか盛況ながら、詰め将棋とかまでは教えていただいている方の手が足りずに踏み込めないので、興味のありそうな子に声をかけては、ここでガッツリ・・・なのだそうです。今年は市内の中学生が県大会の優勝・準優勝になって、天童の全国大会に行くなんて話もお聞きして、そうか、強い子のいる地域なんだなあとあらためて思ったり。
 子どもが打っている間、めったに入ることのないほかの地区の公民館をおもしろがって眺めていたら、こんな感謝状を見つけました。
 この公民館の建設で、この地区がとても協力してくれたのでありがとうという感謝状なのですが、「貴部落一致団結の賜」なんて書いてあるように、「部落」の文字がいくつも出てきます。で、僕も思い出したのです。「あそこは『部落』だから」という言い回しではなく、たとえば、僕が住むところは「須沢部落」、そのとなりから「八久保部落」「田海部落」「高畑部落」・・・と、各地区のことを「部落」と、当時は呼んでいました。
 親戚のところに遊びにいったとき「うちの部落は」なんて言い方をしたら眉をひそめられたりすることもあったけれど、少なくとも僕らが言う「部落」には、相手を貶めたり自分を卑下したりするニュアンスはなく、純粋に「地区」の意味だったなあと思うのです。これは、「方言」だったのかも。
 戦時中に工場があったこともあって、捕虜収容所もあれば、外国から渡ってきた方もいたまちです。どこかに住むひとたちにひどいことを言うというなんてことは、なかったはずはないのだけれど、それはまた、別の「場所を呼ぶ言葉」だったんだろうなと、そんなことを思います。
 「豚汁」が、僕らが小学校のころは「ぶたじる」で、いつのまにか「とんじる」と言うひとが増えたように、地域の言葉がもうすこし広い場所の言葉に影響を受けて、すこしずつかわっていく時期に、僕はこどもから大人になったのだと思う。そう思うと、なくなったり変わったりしてしまった言葉を、もうすこしいろいろきちんとおぼえておきたかったなあと、そんなことも思うようになった最近なのです。
 さて、もうすこしがんばって、なんとか仕事終わらせなきゃ(笑)。
 では、みなさん、おいしい夕ゴハンを。

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