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そろそろ雪が来るかもという週末。でも、すべてが鉛色なわけじゃない。
さっと陽が差すと、海への道も鮮やかな色になります。
さて。
先週のウチにかえておきたかったタイヤ。自分の車の分は結局ばたばたしていてできず、今日になっちゃいました。
この晴れ間に「チャンスだ」と思っていたら突然の雨。途中からはずいぶん強い降りになったこともあってびしょ濡れでの交換になってしまったのだけれど、だったらついでだと凍結防止のウォッシャー液も買ってきて、フロントガラスの油膜もきっちり取ってと、力をいれて車の冬支度をやってしまいました。
袋から出してきたスタッドレスタイヤのトレッド面に、何枚か桜のはなびらがはりついていたりもして「今年の春は、ずいぶん遅くまで雪タイヤはいてたんだなあ」などと思い出したり。
なにはともあれ、準備終了。ずいぶん白い黒姫をみながらひやひやしていただけに、これでちょっと安心です。
次はひと雪ふったあと、ブレーキ踏んで妙にすべるのに遭遇して「そうだったそうだった」と実感を思い出すところかな。そんなふうにひとつひとつ、段階を踏んで、冬モードに切り替わっていく季節なのです。
食べ物やさんで仕事を眺めるのが好きです。
達人はたいてい、てきぱきとしていても、あたふたとはしていないもので、そういう仕事をみながら食べたり呑んだりしていると、なんだかいい気分になるのです。
そんなわけで、昨晩は年に一度新そばに切り替わった頃にお誘いいただく、地元の老舗のおそば屋さんで、山と写真を楽しむ先輩方の宴。僕は山はご一緒したことはいまだにないのですが、いつもかわいがって頂いています。
ご主人も、いっしょにいろりを囲む会なのですが、ときおり仕事場に戻り、準備をされます。そのたびに帽子をかぶり、職人の顔になって奥にいかれ、帽子を取って満面の笑みで戻ってこられる。そのONとOFFも、またかっこいいなあと。
そう思いながら、この会では中庭の向こうの仕事場での姿をスナップするのが、毎年一度の楽しみなのです。
昨晩も、おいしい会でした。どうもありがとうございます。
週末には、家族でまた新そばいただきに参ります。
近所の臨海公園は、今年大きな遊具が設置されたので、古いちょっと壊れかけている遊具は近く撤去されることになっています。
上の子がずいぶんお世話になった木の遊具も、あちこちささくれてきていてあぶないので寅ロープが巻いてあって、つかわないようにという掲示があります。
この掲示が、いいんだな。
「いままでたくさんあそんでくれてありがとう」
からはじまるひらがなの貼り紙、泣かせます。古いから、壊れたから捨てるんじゃなくて、いままでお世話になったものをちゃんといたわって惜別する。そういう気持ちって、大切だと思うし、こどもにすこしでも伝わるといいと思う。
なにより、役所のひとがこういう「伝え方」をするということが、素敵だなあ、と。
決まり切った様式での通告ではなく、すこしでも「伝えたいんだ」という気持ちがある文章というのは、大切です。言い放って「はい論破!」みたいな、独りよがりで伝わらない、単に恨みとかイライラが累積するようなやりとりが(特にネットで)溢れている時代だからこそ、こういう心がけというのはきっと大切だと思う。
「いといがわし おうみじむしょ」さん、GJです。
僕が小学生にあがるちょっと前の頃、フクラギ(ブリのちょっとちいさめのヤツ。イントネーションとしては、ふくら[ぎげ]って感じで、ぎとげの間くらいかな)が"沸く"と、たまあに鰯が海岸に打ち上げられてくることがありました。時には、タライを持って行ってずいぶんたくさん拾ったことも。祖母がそれをつかって煮干しをつくったなんてこともあったっけ。
でも、姫川港の西防波堤ができたころから魚の通り道が遠くなったのか、鰯がたくさん打ち上げられるようなことはなくなりました。そういえば、椰子の実や、タコブネがうちあげられることもほとんどなくなったような気がします。
んで。
昨日、海岸を散歩していたら、波打ち際にちっちゃい鰯が落ちているのに気付きました。ほんと、あっちこっちに。まだ乾いていなくて、なかにはまだぴちぴちはねてるヤツも。
こんなの見たの、何年ぶりだろう。たぶん、20年とか30年とかぶりです。
ちょっと時間をあけてもう一度コドモと見に行ったらもうきれいになくなっていたから、カモメのゴハンになっちゃったのかな。もしかしたら今でもときどきあることで、ただ見られる時間がとても短いだけなのかもしれないけれど、なんだか小さい頃が蘇る海岸散歩でした。
一期一会な散歩って、いつもの道でも、あるんですねえ。
おはようございます。
田舎の人間としてはまわりに畑がたくさんあるだけに、たとえば街の子が「魚は切り身で泳いでいる」「野菜は工場から生産される」みたいなトンチンカンなことを思うようなことはなく、「よくみる野菜」は畑から収穫してくるものだということは実感しています。
でも、不思議なもので、成城石井とかで売っているようなちょっとかわった野菜と土とが、頭の中では微妙に繋がってなかったりもしたりして・・・。
んで。
昨日、地元でいろんな農作物を作っておられるYさんにお声がけいただいてちょこっと寄らせてもらったら、家の前の畑からいろんなきれいな色の(そして地元のスーパーでは見かけることが少ない)野菜をいただいちゃいました。
下の子と一緒にいったのだけど、ヤツにとってははじめて見るかわった野菜を、しっかり「畑から」収穫されるところまでみせてもらえたのは、よかったなあと思う。野菜って、お店に並ぶ前には、絶対に育てて、収穫するわけだから。
そんなこんなで、今日はいい天気。
おはようございます。
デジタルカメラのメモリカードを一枚、なくしてしまいました。
日頃持ち歩いているカメラはけっこうデカいので、メモリカードだけ抜いて無造作にポケットに放り込んできたら、途中で落としてしまったようで。
ちゃんとケースに入れればそんなことないのだけれど、色々手抜きだとこういうこともあります。まだ、家のパソコンにコピーしてない写真がけっこうあるんだけどなあ・・・。
というわけで、数日前の移動中の一枚。
ああ、きれいだなあと思うと、みるみるうちに葉っぱが落ちてきて、もうはだかになっている銀杏があちこちにあります。
この「みるみるうち」って感じは、まさに"fall"だなあ。
そんなこんなで、雨の土曜日の朝。
おはようございます。
のように、しっかり覆い被さった雲の屋根と地面との間に、ちょこっとだけ見えてるソラ。なんだかそんな感じの朝でした。
ああ、朝日がきれいだなあと思っていたら、あっという間に太陽は「ドーム屋根の上」にいってしまって、また今日も雨模様。だけど、そういえば昨日もこんなしとしと雨だったのに、カッパ着て公園でマレットゴルフやってる元気なおじいちゃん・おばあちゃんたちがいたなあ。あのあとみんなでお風呂入ってお茶飲んだりするのかしらん。
昨日の野球は、途中までの展開に安心してコドモを寝かしつけていたらつい一緒に寝てしまい、気付けば逆転負けを喫していてびっくり。途中、リードして、大谷が完璧で、小久保監督が妙に笑顔で、ちょっと雰囲気がユルいなあとちらっと思ったけれど、あれだけ圧倒的な展開の最後の最後でひっくり返されちゃうこともあるあたり、勝負というのは最後まで気を抜けない、しんどいものなのだなあと再認識。
やってる方は手なんて絶対抜いてない真剣勝負のはずだから、見ている方がアレコレいうことではないのだけれど、ほんと、怖いもんですね、現実ってのは。
そんなわけで、秋の長雨は続きますが、日曜日は晴れの予報。楽しみにがんばりたいと思います。
おはようございます。
朝、海鳴りのような音で目が覚めました。
海、荒れているのかな?。そう思ってコドモを送っていった帰りに海を見てみると、案外と静か。海鳴りがうるさいのではなく、細かな雨が音を吸収するのかまちがとても静かで、低く小さな波の音がなんだかとても存在感を持っている。そんな感じなのでした。
そういえば、昨日も夜中仕事していたら、遠くから貨物列車の通る音がゴトゴトと。
近くならうるさいのかもしれないけど、ほどよく離れていることもあってなんだか今朝の海鳴りとおなじ感じ。ここまで「届いて」くる。そんな静けさ。
ウチのまちは、案外と静かなところなのかもしれないなあ。
というわけで、こんな気分で一日乗りきりたいものです。実際は今日もがちゃがちゃなハズですが(笑)。
おはようございます。
先日、関東の方とのやりとりで「柿を干す時期」という話になりました。
その方の「勤労感謝の日を過ぎるくらいからじゃないと柿がよく乾かなくて黴びてしまったりする」というのに驚いていたら、昨日もほかの方のブログに「この数日のあたたかさで柿がかびてしまった。再挑戦しなきゃ」なんて書いてあるのを見つけて、あらためて土地ごとの天気とかあたたかさのちがいを感じてしまいました。
そういえばご近所では、柿を吊る軒先もけっこう見かけますが、そろそろと軒先の干し物は大根に移り変わって来つつあるようです。真冬になると湿気は案外ある日本海側だけれど、冬っぽい強めの風が吹くようになるのはこちらのほうがはやくて、干し物には向いているのかなあなどと考えてみたり。ほかの土地のひととのやりとりって、おもしろいもんですね。
というわけで、今日はいまいちなお天気。風もちょっと強いですが、みなさんよい一日を。
おはようございます。
もう一日、舞鶴話におつきあいください。
今回、車で移動したのだけれど、若狭湾の高速道路ができたこともあって以前通った時より遙かに近くなったなあという実感がある一方「やっぱり遠いなあ」という思いもあったのは、以前通った時より間違いなくトシを取っているからなのかも。
亡くなった村山常雄さんの労作、シベリア抑留で亡くなられた方の名簿の収集と精査の仕事をWeb ( http://yokuryu.huu.cc )に公開するお手伝いをすこしだけさせて頂いたこともあって、引揚記念館は行ってみたい場所でした。
写真、いいですよと言われて撮らせてもらったもののひとつに、引き揚げ列車の時刻表があります。これは、昭和24年のものなのだけれど、舞鶴から全国津々浦々へとつながる時刻表の中には「糸魚川」の文字もありました。
舞鶴を14:18に出て、翌日11:38着。体調が万全じゃない中、すし詰めの列車での一泊は、キツかっただろうなあと思う。
歴史の中の出来事というのは、なにかリアルに感じられるものとつながると、急に現実感が増します。
おなじ日本海沿い。ちょうど「舞鶴カニ」の解禁直後で、観光バスが着くようなところはどこでも干物とか海鮮丼とか蟹だとかを楽しむひとたちばかり。なんだか妙に共通点がいくつもあるような海沿いの街であるだけになおのこと、こういう資料を見たり、岸壁に海上自衛隊の艦船が普通に何隻も接岸していたりというところがリアルな手触りで感じられるわけで。
なにもない日々というのは、とてもうれしいことなのだなと思う。あたりまえの日々って、ちゃんと維持するための努力をしなきゃいかんのだとも思う。そのための「やり方」はひとそれぞれ違うかもしれないけれど。
昨日は、なんだかいろんなことを考えてしまうできごとがたくさんあった一日でした。
そして、ちょっと酔っ払ってふらふら歩いて帰ることができるのは、幸せなことだなあともあらためて思ったりして。
昨日の赤煉瓦建物の保存にかかわるひとたちが年に一度集う「赤煉瓦ネットワーク」の大会は、舞鶴赤煉瓦パークにある赤煉瓦の建物のひとつでの開催。おとなりの赤煉瓦の中では、ジャズのコンサートが催されていて、なかなかシブいサキソフォンの音が漏れてくる中、まるで夏のビヤガーデンのようにたべものや飲み物を買ってはテーブルにもどり、にこにこして聴くひとたちを眺めながら僕は歩いて帰りました。
ひとが集う時、そこが安心できない場所だとなれば、こんなことはなにひとつできない。ひとの安心を奪うようなことっていうのは、思想とか宗教を超えて、ヒト全体への犯罪だと思う。
そして、そんな、アタマで考えれば大迷惑だと簡単にわかるようなことよりも「ずっと重い」と信じるものがあるくらい、長い長い年月をかけて育てた(というよりも貯めて腐らせた)対立というのは、本当に本当に切ない。
僕らは他の宗教の信者とか他の国の人たちをそこまで徹底的に恨んだり否定したりすることがあたりまえだという場所に生まれなかったから、正直なところ「わからない」のだけれど、でも、それでもなお、これがいいことではないということには確信があります。
やっぱり、ひとを恨まなくていいような生き方をしたいし、何よりも、自分のコドモにヒトを恨んで生きる生き方を伝えないようにしなきゃいかんと思う。ちっちゃいことでも、それが親の仕事だものなあ、と。
おはようございます。
なんだか条件反射で、ターナーと聞くと山下達郎を思い出してしまうのは、「ターナーの汽罐車」という曲のタイトルを見て「ああ、こんな字を書くんだ。たしかに沸騰して蒸気で走らせるんだから、缶だよなあ」なんてことを思った印象が強いから。もちろん、曲もすごく好きなのだけれど。
さて、今日は「赤煉瓦ネットワーク」という団体の年に一度の大会で、舞鶴に来ています。
糸魚川にもかつて赤煉瓦造りの鉄道検修庫があって、いろいろなひとたちの努力で、今は駅のアルプス口の巨大モニュメントとして糸魚川駅をとても強く印象づけるアイコンになっていますが、この保存活動をいろいろ助けていただいたのが、全国の赤煉瓦造りの建物の保存にかかわっているこのネットワークのメンバー。
今回も、糸魚川のれんがしゃこを残す活動をしたメンバーでなかばお礼もかねて顔を出しているのだけれど、同行メンバーのひとり、Mさんが「市振駅にレンガ造りのランプ小屋があってね、あれも残して活用したいんだよね」という話をされた流れで出たのが、この絵のこと。
「まるでターナーみたいな観光案内の地図があるんだよ」と言われても、全然思い浮かびませんでした。駅に入ると、振り返ること、ないものなあ。入ってすぐうしろ、道路側の上のほうにこの地図があるのだけれど、まじまじと見てみるとなかなか味が。そしてなにより、海岸部だけじゃなく、山の方までしっかりこの地域でひとが暮らしている(た)記録が見える絵、なんですよね。
電車移動のメンバーとはひとり別行動で車移動だった僕は、ここで一枚写真を撮ってからの移動。発見があるドライブは、たのしい。50年近く住んでいるまちでも、まだまだ発見は、あるなあ。
先日、干したけれどもとろっとやわらかい平柿の干し柿をいただきました。コドモは大喜びで親の口には一口しか入らず「あれ、おいしかったねえ」と話していたら数日後にどっさりいただいて、こんどはにこにこしながら僕もいただいたり。なんだか、田舎のいただきものって、ありがたいなあ。ウチは絶対、やりとりではもらうほうが多いはず。ご近所のみなさん、ほんとありがとうございます。
というわけでこの時期、軒下では柿を干している家がたくさん。これがもう半月もすると、たくあんのための大根が並ぶのだろうなあ。
秋のあたたかい日差しがここちよい朝。これから天気はすこしずつ下り坂になるようですが、貴重なあたたかい日を楽しみましょう。
この間、昔の「孤独のグルメ」を見ていたら十日町が出てきたのだけれど、その中で十日町の「あささささ」というお菓子が出てきました。
このお菓子、近くの街のということもあって見たことはなんどもあるのだけれど、「あささささ」という名前のことは気にもしませんでした。
これ、ちょっと困った・・・とか、失敗したなあ・・・というときと、「あっ、サァサァサァ・・・」みたいな感じのアレだったんですね。さぁさぁ、こまったみたいな感じで自分も言うことはある言葉だけど、文字で書くと全然別物に感じられて気付きませんでした。
というわけで、今日の写真はトチウオ。一般には「ヒメジ」と呼ばれることが多いんだそうですが、さっと干してから炙ったり、こんな風に揚げたりして食べることが多いのだけれど、昨日はこの秋はじめてウチの食卓にのぼりました。
このトチウオも語感としては「トチ(オ)」みたいな感じ。カタカナでトチウオと書くとちょっとちがう感じがします。
あらためて、日本語の書き文字って「標準語用」なんだなあと思う。そして、方言って口伝するものなのだなあとも。
そんなこんなで、数日ぶりにきもちのよい秋晴れの朝です。
おはようございます。
一年のほとんどは、「ああ、もう。一年ってなんて短いんだろう」と思いながら過ごしています。なんだか、のんびりしたいなあとも。
でも、時々、あるんだな。「ああ、まだついこの間のことなのだなあ」ということを思い出すようなことが。
ワタクシ、Facebookというもので日々遊んでいるのですが、最近ソイツはお節介にも「去年やおととしの今日には、アンタはこんなこと書いてたよ」というのを教えてくれるのです。そして、つい先日、僕のタイムラインには、早川の「寒い谷」のバス停に雪が積もる写真を載せた去年の書き込みが流れてきました。
さすがに11月はじめは雪なんて積もらない。じゃ、去年なぜその写真をその頃使ったかというと、そのバス停のこともいろいろやりとりさせていただいた、ダンディなオヤジをひとり見送ったあとにしょんぼりしていたときのもの。
そうか、ほんの一年ちょっと前までは、寒い谷のバス停のことや、この姫川漁港の壁画みたいな木のことを、やりとりしていたんだなあ。なんだか、ものすごく昔のような気がして、懐かしい、せつない気持ちになりました。
一年の間には、いろんなことがおこる。一年というのは、長いものでもある。
あらためてそんなことを思いながらの、紅葉してだいぶ散ってしまった、でもまだまだ派の残っている姫川漁港の木を撮るワタクシなのです。
この銀杏並木。反対側には桜の木もあって、こんな風に赤い葉っぱも吹かれてやって来ます。
見えないものがつくと、この葉っぱが「放射性廃棄物」になって捨てられなくなっちゃうこともある。
だとすれば、落ちているこれを「風情だなあ」と思ったり、集めて焼き芋焼けたりするということは、小さいことなのだけれど、本当に幸せなことなのだなあとも思う。
最近、いろんなことを考えます。皮膚感覚としての「やだ」と、具体策との間の距離。僕はもういいトシだし、皮膚感覚を現実につなげるためのヤヤこしい部分にちゃんとコミットしなければいけない年代だものな、と。
あんまり物事は簡単に考えたくない。シンプルにする過程でなにかはかならず抜け落ちるし、わかりやすくしすぎたものにはなにか別のモノが紛れ込みやすくなったりもする。
そんなことを考えながらも、難しく考えすぎるともんもんとするところもあり、なかなか難しいところではありますが・・・。
そして、身近だけど大切なことをひとつ忘れていて、相当がっかりしている今日の朝です。しっかりしないとね。
そんなこんなで、おはようございます。
考えてみたらいといがわバル街の日は糸魚川にいないんだなあということで、一週間早く自主的にやってきました。
いつもの泉家さんはちょっと冷たい雨が降る中、いろりには火がはいってなんだかうれしい雰囲気。さっそく家人はコップ酒。ウマそう(笑)。
そういえば、3/14の市内での世界記録への挑戦は、冷たい雨の日だったなあ。
ちょうど、昨日も糸魚川に来られたのとおなじ、公式認定員のマクミラン舞さんが認定に立ち会った徳島・鳴門での世界記録チャレンジ「Longest relay of people feeding each other」が無事703人のリレーで達成されたそうです。
https://www.facebook.com/guinnessworldrecordsjapan/posts/731358613665727
糸魚川から引っ越していった友人も参加しての達成で、なんだか「姉妹都市~」な感じを勝手に感じたり。
そんなこんなで今週もはじまります。
天気はイマイチだけどあたたかい朝。
おはようございます。
昨晩は、ご近所黒部市のホール、コラーレにコンサートに行ってきました。といっても、「二時間ブラスのコンサートはしんどいかもなあ」ということで下の子と僕は近所でボウリングだったのですが。
んで。
他の"小屋"を見るというのは、楽しい。
設備は場所によってちがうから、マネできることとできないことがあるけれど、アイディアはいろいろとあるものだなあとつくづく思います。
ホールを使った定期的な映画会、近日中開催のイベントの告知の見せ方(大きなカミでじぶんちでパンフを拡大して貼ったり、デジタルサイネージでどんどん見せていったり)などなど。
そのうちのひとつで「!」と思ったのは、ご近所イベントのチラシを並べるコーナーの充実でした。
糸魚川は新潟の西端ということで、場合によっては新潟市や長岡市の催し物よりも富山や長野のもののほうが身近に感じられたりすることも多いのだけれど、糸魚川のホールでそういった近県もののチラシをたっぷり置いているところというのはあまりありません。
それだけに、黒部のこのコーナーで、12月に糸魚川である市民ミュージカル、オデュッセイア2のチラシを見つけたときは、うれしかったなあ。で、思わず係の人にお聞きして写真まで撮らせていただいちゃいました。
僕は、自分も広報担当のひとりになっている地酒の魅力発信委員会のFBページで、糸魚川の地酒とは全然関係のないようなイベントの告知をけっこうやらかしているのですが(お隣長野県のイベントとか、県内の他の市の日本酒イベントなど...)こういうのもヘンになわばり意識を持つよりは、お互いいろいろ面白がった方がきっといいんだろうなと思うから。
そんなわけで、糸魚川でも市民会館とかで、パンフ展示スペースをもちょっと拡大して、求めて近県の(特にすぐに車で行くことができる富山県東側エリアあたりの)ホールイベントの告知をもっとやってもらえるとうれしいなあと、そんなことを思います。
どでしょ、関係者の方(笑)。
おくればせながら、今朝のゴハンからわが家は新米になりました。
ウマい!。
ウマいのだけれど、あらためて思うのは「昨日の朝ご飯も、ウマかったなあ」ということ。確かに新米はちがうのだけれど、昨日まで食べていた去年のお米も、ものすごく味がちがうわけじゃなかった。
そして思うわけです。最近、ほんと夏を越えたお米もウマくなったなあ、と。
玄米で保存とか、倉庫がよくなったとか、いろんな理由があるのだろうけれど、なにはともあれありがたい限り。むかしは新米にかわるとびっくりするほど味に差があって、感動したのになあとそんなことを思い出したりも。
そんなこんなで、おはようございます。
今日は楽しみにしていた五蔵の酒を楽しむ会です。毎年利き酒は当たらない「味のわからない」酒好きですが、下手の横好きも「好き」だもんね。というわけで、会場でお会いするみなさん、よろしく~。
それにしても、昨日はほんとうに印象的な色の夕陽でした。
水平線に近い部分にある低い雲のニュアンス、暮れていく時の水彩のような明るくてふうわりした色。そして沈んだ後鮮やかなまますこしずつ明度が落ちていくグラデーション。
そろそろ秋も深まってきて、日が暮れると一気に色がなくなっていってしまう日が増えてきた中、これだけ色が残ったままの夕空だったのは久しぶりかも。もしかしたらしょっちゅうだけどその時間にソラを見る余裕がないだけなのかもしれませんが(笑)、昨日の夕方の空の色は堪能しました。
そんなわけで、今日の写真は筒石の電柱に沈む夕陽。打ち合わせ先から戻る途中のスナップです。
今日はお客さんが寝ている間のサーバ作業でもう少しお仕事。なので、珍しく夜中のウチの更新です。さあ、もう少しがんばらなきゃ。
バレエ「白鳥の湖」じゃないけれど、この鳥には優雅なイメージがつきもの。
だけど、僕はこの田んぼに顔突っ込んでガツガツ喰ってる姿がなんだか好きなんだよなあ。ひょいと顔をあげると稲わらとか毛繕いの毛とかがついていたりして、その顔がまたユーモラスだったりもして。
そんなわけで、おとなり上越市も上吉野池ほかいくつかのねぐらに連中がやってきていて、まわりの田んぼではガツガツやっています。
天敵の少ない水辺と、落ち穂の多い田んぼ。糸魚川にもけっこう候補地はありそうだけど、なかなか連中が集団でやってくるところは、ないなあ。
これも一種の「地域間付加価値付け競争」か、鳥に対しての(笑)。
そんなこんなで、おはようございます。
芯を持つようになり、そのうち雪も降りそうな季節。先週末の長野への移動中には、今シーズンはじめて車が「外気温低下注意」なんて表示を出してきました。そしてとなりに雪タイヤを履いた車が並ぶことも、たまあーーにですが出てきました。
んで。
糸魚川駅の新幹線改札の中には以前から傘レンタルサービスがあります。
「弁当忘れても傘忘れるな」と言われる北陸新幹線一人勝ち地点の金沢は、乗降客が多すぎてこんなこと逆にできないだろ(笑)と、ひなびた田舎ならではのサービスだなあと思っているのだけれど、先日その傘立ての横に防水スプレーを見つけました。
雨なら、傘。でも、雪ならささないひとたちはいる。でも、溶けるとどんどん、しみこんでくるのだよね。靴に、上着に。ちょっと「あるとうれしい」ものかもしれない。
大きな設備でのおもてなしは難しくても、ちょっとしたことの積み重ねはやっている。そんなまちであることがうれしい。そんな糸魚川駅なのです。
ぜひ、寒くなってからも糸魚川にお越し下さい。
ウチは家人がひとり単身赴任している関係で、隣県にもうひとつ住む場所がありまして、今日はひさしぶりにそこでの「ぼくのまちのこと」を。
今日はながのとびっくらんinわかほ ( http://tobicrun.jp/ )なるミニマラソン大会に行ってきました。もともとはここ数年突然走りたくなった家人のつきあいだったのが、最近は下の子が走るようになり、去年はファミリーランだったけれど今年からちゃんとヤツも計時タグをつけての出走になりました。
ヤツが出た小学1・2年生男子の3kmのクラスでは、優勝タイムは12分台前半。ちっちゃい子も速いなあ。さすがに上位には絡めなかったものの、ヤツとしてはかなりいいタイムで走ることができて、疲れたけどご満悦のようです。
おなじくエントリーしたオヤジのほうは・・・まあ、相当に惨憺たる結果ではありましたが、一応完走証はもらってきています(笑)。
写真は、4人分の参加賞をならべてみたもの。潤沢なきのこや「とびっくら 最速男の自伝」という本をいただいたりもして、なんだかすごく豪華なおみやげをもって帰ってきました。
もう、下の子に走ってついていくのは(まだ小1なのに)無理だなあと実感した50前おやじはどうかと思うのだけれど、なんだか楽しかったなあ。
そんなこんなで、ちょっとはやいですが、おやすみなさい、みなさん。
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