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2013年7月12日 (金)

にいがたの冷凍庫

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 毎年一夏に一度だけ、新潟にやってきて小泊のかにを食い、夜は魚を食べて鯨飲し、翌日十日町や湯沢あたりでへぎそばを食べて帰る友人たちがいます。
 最初は越後湯沢ではじまり、いつのまにか場所を糸魚川に移してはや今年で18年。この集まりで欠かせないのが、もも太郎、金太郎など、佐渡のセイヒョーが作っているかき氷バーなのです。

 でも、実は18年前、メンバーの勤務先の「保養所」だった石内あたりのライオンズマンションに集まったとき、僕はもも太郎にはじめて遭遇。昭和20年代から県内で愛されていたこのかき氷バーも、糸魚川あたりでは売ってなかったし、食べてもいなかったのでした。
 それは、新潟県民食なんて揶揄されることのある「イタリアン」やお祭りの「ぽっぽ焼き」もおなじ。僕らはちっちゃい頃には全然知りませんでした。
 一方で、笹寿司のように糸魚川のあっちこっちで食べられているものも、たとえば根知と西海で全然形ものっているものの種類や数もちがったりして、谷ごとにちがったりするわけです。

 考えてみれば、僕らがこどもの頃には全国チェーンはおろか、県内県域をカバーするようなスーパーもなかったし(ナルスも上越ローカルだった時代です)、「全域で一括仕入れ、おなじものを店に出してより安く」といった流れはそれほど強くなかった。そして、その分ちょっと移動すると全然ちがう、生活感の中の郷土色というのがもっと出ていたのかもしれません。

 今では、もも太郎はご近所スーパーで買えます。だから、ウチの冷蔵庫にもこんな風に入っていて、ガリガリくんよりも優勢だったりするという、いかにも「新潟県民の夏」みたいな冷蔵庫になってます。逆に、糸魚川ブラック焼きそばのランチパックを東京や大阪で買うことができるのも、ナショナルブランドに乗るということの強さなのだろうな、と。

 この「地元と感じる広さがどんどん広がっていく感じ」は、今の子たちの「僕らのふるさと」という気持ちをどう変えていくのかな。危惧するとか、わくわくするとか、そういう極端な思いではなく、純粋にその先に興味を持ってしまうワタクシなのです。

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