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2013年2月 1日 (金)

ただただ、うらやましい

Ep316971

 一時期、あんなにれんが車庫、れんが車庫と言っていたのに、そういえばあたらしい東京駅をまじまじと眺めてみることがいままでありませんでした。上京する人間にとっては、東京駅というのは中を通って乗り換える場所ではあっても、そこから外に出る場所ではないことが多い。だんだん、上京中は予定がタイトになっていったこともあって、丸の内口にまわって外に出てみるというのは、ちょっとした酔狂のような思えてきたところもあって・・・。

 で、今日は東京駅についてから、本当にひさしぶりに丸の内口から外に出てみました。

 きれいにしてもらった赤煉瓦の建物が、にょきにょきと夜空高く伸びている新しいビル群の中にちゃんと一緒になって存在している。
 古いものもいい。あたらしいもののメリットも受け入れる。ちゃんと共存させられるキャパシテイのようなものが、なんともうらやましくて仕方がありませんでした。

 あたらしい糸魚川駅の中で、れんが車庫の名残やキハ52がどのような形で組み込まれるのか。「絵」は見たけれども、なんだかまだ実感がわきません。こんな風に、歴史への敬意も、未来へのあこがれも、どちらもちゃんと組み込めるような形になるといいなあ。少なくとも、古くてみすぼらしいものが標本のように残されるというようなさみしい形ではなく、東京駅のこの、あたらしいビル群を従えておごそかに立つような、ちゃんと敬意のある存在感。
 そんなことを思ってしまったワタクシなのです。

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コメント

「ただただ うらやましい東京駅」同感で、人の温かさを感じます。
あのレンガ車庫を保存できなかった糸魚川市は、1億円を費やしてその一部を2014年の新幹線開通の新駅に活用しようと計画中ですが、歴史への敬意もそこに関わる人の成せる業なのでしょうか。
今は跡形もない駅構内のレンガ車庫、ただただ懐かしいです。
それから28日貼り付けの日本海の爆弾波は圧巻でした。
カメラを手にしてもなかなか撮れるものではありません。
今年の市展に是非!

 すずきさん、どうもありがとうございます。

 ヘンな言い方ですが、古いもの自体には実はあまり意味はないのかもしれない。ただ、ずっと続けられ、積み重ねられてきた時間とか仕事、経験といったものに対して、きちんと敬意を持ちたい。レンガ車庫のような長い間仕事の現場であった場所というのも、そういう形で「ただの要らない古い建物」ではない、なんらかの敬意の示し方がしたかった。僕にとってはそういうことなのかなと思うこともあります。

 積み重ねていかないと、残らないものがある。やめてしまうと簡単に消えてしまうものもある。
 たとえば、三月にきららで予定されている芝居なんかもそうだけれども、ただ興行として成立すればいいというのではなく、こういうことを経験した人が増えていくと、その人たちが勝手におもしろいことをでっち上げ始める。そういうことを願って引き続き仕込んでいる人がいろんな分野でいるわけで、そういうものにも、ちゃんと敬意を払っていきたいなと、そんなことを思っています。

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