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2011年11月17日 (木)

たくあんの季節

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 僕が小学校の頃は、ウチでも家の軒下に、こんな風にたくさんのだいこんを干していました。
 秋の日曜日は、「今日は畑から抜いて、洗って、しばって、干す日」「今日は下ろして揉んで漬ける日」と、二週続けてつぶれて、文句を言いながら手伝っていた覚えがあります。
 でも、ああいう感じ、いまとなっては懐かしいなぁ。

 翌年の夏までかけてたべるために、大きな木の樽に2つも漬ける沢庵。まさに、越冬のための準備だったように思います。

 最近は、そんなに大量にたくあんを漬けることはなくなったし、あとは漬けるだけの、干し沢庵も売っているので、家で干すことはなくなりましたが、それでもお隣の毎年のこの様子を見るたびに、「あぁ、もうこの季節なのだな」と、思い出してしまうのです。

 こんなふうに冬を迎える行事がだんだんウチの生活から減ってきているから、大晦日に「明日から来年なんて、実感湧かないなぁ」とか、思うのかもしれないですね。

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コメント

 子供の頃、祖父母と父とやりました。でも、たくわんを食べるのは祖母だけで、父と私は大嫌いだったんですが。イマイチ納得いかなかったですが、「たくわん大嫌いなお父さんも手伝っているんだから」という事で何となく寒風の中大根を運んでましたねぇ。

 ウチは家で餅を杵つきもしまして、中高生の頃にはそういう田舎っぽい風習が嫌だったんですが、大人になってみるとなかなか風流な行事だったと思っています。道具とっとけば(引っ越しの時にどこ行ったのかわからなくなりました)、甥や姪達にも体験させてあげられたのに、今となっては悔んでいます。

 印度さん、どうもありがとうございます。

 ウチもそうでした。もう、イヤでイヤで仕方がなかった。寒い車庫のコンクリートの上にござをひいて、みんなで車座になって干した大根を揉んだりとか。でも、今思えば、楽しかったような気がするから不思議です。

 もちつきは、ウチも臼と杵ではやらなくなってしまいました。でも、毎年一斗くらいはついて、一家で鏡餅をまるめたり、袋にいれてのしもちを作ったりします。餅つき機の中で米がどんどんもちになったり、ほんの少しの食紅で、餅がピンク色にかわっていったりするのを見るのは、やっぱりコドモも楽しいみたいですね。
 「後工程」だけでも、けっこう楽しめるので、甥っ子さんたちが来られたら、今年はやってみられたらどうでしょう。

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