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2007年3月20日 (火)

日々の暮らしでの「習う」

Img_9292 親バカまるだしで申し訳ないですが、昨日、娘が幼稚園から今年一年の「作品集」を持ち帰ってきました。一年間に書いたり作ったりしたいろいろなものを一冊に綴じていただいたものです。

 見てみてびっくり。

 まぁ、1年間かけてとても絵とはよべなかった絵の具やクレヨンの「ぬりたくり」がだんだんものの姿らしくなってきたのはもちろんなんですが(そして、親としてうれしいのは、そこなんですが(笑))、同じくびっくりしたのは、紙の裏なのです。

 一番前のページの作品の裏は「太鼓フェスティバル」のポスター。それ以外も、幼稚園通信の裏であったり、カレンダーの裏であったり、チラシの裏であったり。

 そういえば、ウチでも、かつてはお絵かき帳みたいなものに書き散らかしていたのに、最近はチラシの裏を求めて、新聞をひっくりかえしたりするようになったウチの子。

 チラシやポスターは、きれいです。人の目をひくようなアイキャッチな色とデザイン。そして、きれいで光った裏の白。コドモの気持ちをつかむ「素敵な紙」なんだなと。

 そして、それらの紙が「素敵」なのだと子供たちに教え込んでしまった先生方というのは、すごいなとも思うのです。

 一時期妙に流行り、最近はあまり見かけなくなったLOHASというライフスタイルも、要は「環境のために無理をしても続かない。『そのほうがいいな』と思って選ぶ、軽い気持ちの選択が環境向きになっているくらいがいい」みたいなことなのだと思う(少なくとも、不夜城のように24時間開いている市内唯一のマンガ喫茶が名乗るコンセプトではないように思う(笑))。だとすれば、これは、いわゆる LOHAS っぽいことなんだろうな、と。

 でも、それは元々昔から言われていた「もったいない」そのものだよなぁとも思うのです。

 かくして、今日もウチは新聞が来ると、裏が白いチラシははねてとっておき、コドモは嬉々としてそれに落書きをします。なんだか、そういうことになったということが、僕はうれしい。そんな気がするのです。

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