サヨナラ
取り壊し中の旧青海中学校の横を通って仕事先へでかけ、一日終わって戻ってきたら、もう立っているものはなにもなくて、ただのがれきの山になっていたとき、僕は思わずそこに車を止めて、日が暮れてしまうまでずっとずっとその廃材たちを見つめていました。
そして、ちょうど今、こんどは僕が通った小学校、田沢小の旧校舎を取り壊しています。
あのころに比べればだいぶ感受性もすり減ってしまったし、娘の幼稚園の隣ということもあって、壊していく過程を日々見ているからということもあって、あのころのような動けないほどの切なさは感じないものの、やはりさみしさは否めない。
ちょうどいい天気だったので、工事の人にお願いして、写真を撮らせてもらってきました。
後ろには、もう子供達が入って生活しているあたらしい校舎が。そして、教務室などが入っていた残りの建物が、あとすこしだけ残っています。
建物はもっと古い青海小は、耐震補強が可能だったらしいのだけど、田沢小は地盤が砂地だったからとか、建てられた年に新潟地震があって生乾きのコンクリートにヒビが入ってしまったとか、いろいろ理由は聞くけど、補強が難しくて、立て替えだとか。
これで、小学校、中学校と、通った校舎がなくなってしまいました。村上春樹が「村上朝日堂はいほー」というエッセイの中で、自分の中で「青春」と呼ぶべき心理状態がどのように終わったか、その瞬間のことを書いていたけれど、自分にとっては、中学校に続いて小学校もなくなってしまうというのは、確実に「その」ステップだなと思ってしまう。まだ、「完全」に終わったとは、認めたくないのだけれど。
なにはともあれ、長い間お疲れ様。サヨナラとともに、校舎にはそういって労をねぎらってあげたい。そう思うのです。
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